『天の叫び』

こんにちは、近間かずさです。

今回の記事は少し重い話というか回顧録です。みなさんにお見せするようなことでもないのかもしれません。それでもとある一頭の馬についてどうか覚えていてほしくて記事という形で残します。

※引用等に問題があった場合は即座に削除をいたします。

かつて日本にはいくつもの名門オーナーブリーダーがいました。オーナーブリーダーとは生産から競走馬としての所有を行う形態の馬主さんのことです。いくつもの大レースで名をはせたトウショウ、シンボリ、ニシノ/セイウン、今現在継続している方もいらっしゃいますから聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。その中でもひと際、とあるこだわりのために有名になった一門がありました。楯の栄誉を望んだメジロ牧場。メジロアサマからメジロマックイーンへ繋がれた栄誉は今更紹介する必要もないほどでしょう。

そんなメジロ牧場にいた日本最初の三冠牝馬メジロラモーヌ、そして自身は届かずとも産駒で楯の栄誉に手が届いたメジロライアン、彼らの血を牝系に持つメジロツボネという繁殖牝馬がレイクヴィラファームさまにいます。おそらくもっとも知られる産駒は父ディープインパクトのグローリーヴェイズでしょう。彼の活躍を受けてか、ディープインパクト亡き後メジロツボネには2年連続して近い血統のハーツクライが付けられました。兄はエゾダイモンと名付けられたフォーエバーヤング等で有名な藤田氏の所有馬。そしてもう一頭、ハーツクライのラストクロップとなったのがDMMドリームクラブ所有のヘヴンズクライでした。

彼の名前は不撓不屈の父ハーツクライとメジロ牧場が求めてきた栄誉、そして偉大な兄グローリーヴェイズが惜しくも届かなかった栄誉を手にしよう、という願いから付けられました。天皇賞を望む名前、「天の叫び」ヘヴンズクライ。素敵な名前ですよね。本気で私たちはこの愛らしい黒鹿毛の牡馬に天皇賞の夢を乗せていました。

https://x.com/villa_lake/status/1743928073769435348?s=20

幼いころは母メジロツボネに必死について走って、

https://x.com/dmm_banusy/status/1743195631861284956?s=20

たくさんの人に愛されて、

https://x.com/KT0314s/status/1752345931809472826?s=20

愛されて、

https://x.com/KT0314s/status/1827262059924615556?s=20

中央から去って望んでいた天皇賞は遠のいてしまったけど、

https://x.com/minato_noahtc/status/1928335240050921601?s=20

あたらしいオーナーさまのもと戦い続け、

https://x.com/villa_lake/status/1928381814936424954?s=20

勝利をとうとう手にすることができたのです。浦和の砂の上で、彼はようやく輝いたのです。

もともとハーツクライ産駒は晩成型、オーナーさまも元出資者である私たちも5歳になる今年が楽しみでなりませんでした。中央で勝てなかったのもクラブとお別れをしたのも彼がゆっくり歩を進めていただけで、彼は強くなるんだと信じていました。

https://x.com/minato_noahtc/status/2009501645663817909?s=20

強くなるのとは裏腹にいつまでも人懐っこくて愛らしかった。

現オーナーさまの2月21日のツイート

本当にかわいい馬でした。曾祖母メジロラモーヌを思わせる上品な顔、黒鹿毛が輝くきれいな馬体、白い鼻づらをカメラに押し付けるしぐさは本当に愛らしかった。走ればすぐにコースを覚えるし、調教で手を抜くなんてこともしなかった。賢くまじめで本当にかわいい子だったんです。小さな馬体で懸命に前へ、前へ、ゆっくりじっくりと先団へ取りついていく一生懸命なレースをする子でした。ハーツクライの仔で活躍馬はたくさんいますし、メジロツボネの仔としてはグローリーヴェイズがいる。だから繁殖は難しかったかもしれません。でも彼には持ち前の愛嬌があって、大人しくいい子だった。きっと乗馬等で出会える未来もあったでしょう。いつか競走生活を全うし、安心して人の手に顔を預けるしぐさが、鼻づらを近づけてくる様子が、どこか近くで見られるようになるかもしれないとちょっと楽しみに思っていました。

わたしはこのかわいい子だからDMMドリームクラブに入会し、出資をしました。

初めての出資馬でした。

もっと会いに行ければよかった。もっとあなたの可愛らしい様子が見たかった。もっとあなたがみんなに愛される馬になっていくところを見ていたかった。わたしはあなたが頑張っていたから生きてこられたのです。クラブから離れたってあなたはわたしの大好きな最初の一頭です。

これからだったのに、何もかもこれからだったのに つらくて悔しくて悲しくて、これを打っているいまも喉の奥を突き上げるように涙が止まりません。2024年1月のデビューから2年と1か月弱、ほんとうによく頑張りました。本当にえらいよ、よく頑張ったね。浦和の藤原厩舎様、現オーナーの工藤様、ほんとうにありがとうございました。頑張りすぎてボロボロだったヘヴンズクライを立て直してくださって、こまめに情報を発信してくださって、みなさんで勝利を掴んでくださって、本当にありがとうございました。そして ヘヴンズクライに牧場で走りを教えてくれて、誰よりもかわいがって大事にしてくださったNF早来育成の木原様、本当にありがとうございました。

一緒に応援してくださっていたみなさまも、本当にありがとうございました。

愛らしいヘヴンズクライをどうかたくさん覚えていて。

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